「そうか、完全な撃退は叶わなかったか……」
 柳也の放ったファイナルストライクは致命打には至らなかったが、アラケスにそれなりのダメージを与えることは叶った。その勢いに乗り、王家の指輪を使い、何とかアラケスをアビスの深遠へと押し返すことが出来た。
 しかし、アビスゲートの完全な封印までは叶わず、一時的に押し返したに過ぎなかった。
「私が、私が術なんて唱えなかったら、勝てたかもしれないのにっ……! 私のせいで、私のせいでっ……」
 一行はヒジリの工房へと帰り、そこでヒジリに対し魔王殿での一部始終を語った。その最中、シオリは自分の行為を後悔し、泣き崩れたのだった。
「シオリ殿が泣くことではない。あの場では咄嗟のこととはいえ私も言い過ぎた。もしあの場でシオリ殿が術を唱えなかったならば、全滅していたかも知れぬ」
「でも、でも柳也さんの剣が粉々に……」
 ファイナルストライクを使用したことにより、柳也の刀は粉々に砕け散った。聞く所に寄れば、柳也の持っていた名刀千鳥は、東方において二つとない名刀。そんな刀を自分が招いた過失により破損させてしまったと、シオリは罪の意識を抱いていた。
「刀は破損しても修復可能だ。されど、失った命は二度と修復されん。命が助かったならば刀の一本や二本など安いものだ」
「しかし粉々に砕けてしまっては、流石の私でも修復不能だ」
「むう、ヒジリ殿でもどうしようもないか……。やはり一度黄京に戻るとしよう」
 黄京とは、東方の国の都である。自分には西方の剣は似合わぬ。やはり東方の刀を身に付けたいと言い、柳也はヒジリの工房を後にしたのだった。
「ナユキ、シオリ、カオリ、ジュン。みんな無事か!?」
 柳也と入れ替わるように、ハイネセンへと帰還したユウイチが駆け足でヒジリの工房を訪れた。ユウイチは叔父のカーレからシオリ達が魔王殿へ向かい、そして満身創痍で帰還したことを聞き付け、急いで駆け付けたのであった。
「ユウイチさん、ユウイチさんっ……」
 野盗に拉致されて以来、すれ違ってばかりで逢うことができなかったユウイチさんにようやく逢えた。その想いがユウイチの顔を見るなり一気に爆発し、シオリは泣き崩れながらユウイチに抱き付いたのだった。
「辛いことがあったんだな、シオリ……」
 優しい一言を掛けながらユウイチは、シオリの頭を軽く撫で上げたのであった。
「相変わらず美味しいトコかっさらっていくな、ユウイチ」
「言うなよ、ジュン。ところでみんな、気分転換にみんなでグレートアーチに行かないか?」
 これからアユと一緒に向かおうと思っていたグレートアーチに、ジュン達も行かないかとユウイチは誘ったのだった。
「グレートアーチか。いいねぇ、飽きるまで遊んで嫌な気分を吹っ飛ばせるしな」
「グレートアーチ。悪くはないわね」
「わたしも大賛成だよ」
「私、そんな所に行けません!」
 皆がユウイチの提案を歓迎した中、一人シオリはユウイチの提案を拒むのだった。
「みんなを、ハイネセンを、世界を守れなかったのに、そんな所で遊ぶだなんて、私にはできません!」
 自分は聖王遺物を託された者としての使命を果たせなかった。そんな自分に悠々と遊ぶ資格なんてないと、シオリはユウイチの提案を拒否し続けた。
「いいかい、シオリ。聖王遺物を授かった君には確かに魔貴族を倒しアビスゲートを封印する使命があるかもしれない。けど、そんな大層なこと、焦っていたって成し遂げられる訳がない。
 時にはゆっくりと休み、次に備えることも必要だ。シオリは一生懸命に戦ったんだ。だから今は休むんだ」
「ユウイチさん……」
「それに、魔貴族はアラケスだけじゃない。グレートアーチの東に広がるジャングルの奥底には、火炎長アウナスがいるって話だ。
 グレートアーチに行って遊ぶ傍ら、アウナスに関する情報を聞き出し、そして討つ! そう考えれば、グレートアーチに行くのも悪くはないだろ?」
「……」
 自分を気遣ってくれるだけではなく、新たな道まで指し示してくれる。やっぱりユウイチさんは優しくて尊敬出来る人だ。
 ユウイチの激励にシオリは心が救われた気がして、喜んでユウイチの提案を受け入れたのだった。
 こうしてユウイチ、アユ、ナユキ、シオリ、カオリ、ジュンの6人は、気分転換や保養を兼ね、グレートアーチへと赴くのだった。



SaGa−28「再会」


「ここがモウゼスか……」
 イゼルローンから南に歩いて数日、ユキトはようやくモウゼスの街へと辿り着いた。
「さてと、ボルカノも気になるが、まずはハルコの方を訪ねるか」
 数年前この街に現れたというボルカノがユキトには何より興味のある人物だったが、今はハルコの協力を仰ぐ方が先決だと思い、ユキトはハルコの館を訪ねたのだった。
「なんのようだ!」
 ハルコの館に赴くなり、ハルコの弟子がユキトを挑発的に出迎えてくれた。
「ちょっと訳ありでな、お前達の師匠であるハルコに用がある。ハルコに会わせてくれ」
「生意気な奴め! 丁度いい、新たな陣形の実験台にしてくれる!」
 そう言い、数人の青銅玄武術士ブロンズマギはユキトに襲い掛かって来た!
「大地に大いなる恵みをもたらす雨よ、その恵みの柱を鋭利な矛先へと姿を変え、我に襲い掛かる者に裁きの一撃を与えたまえ! スコール!!」
「大地に恵みを与えし雨の雫よ、雷電と交わりし霧となれ! スパークリングミスト!!」
「水よ、雷と交わり、我に襲い掛かる者に水雷の脅威を与えたまえ! サンダークラップ!!」
 青銅玄武術士ブロンズマギ達はユキトに対し、複数の玄武術を詠唱し始めた。
「風よ、我の元に集い全てを吹き飛ばす竜巻となれ! トルネード!!」
「何!?」
「ぐわっ!」
「げぴっ!?」
 しかしユキトは蒼龍術トルネードで術ごと青銅玄武術士ブロンズマギを吹き飛ばしたのだった。
「さて、約束通りハルコに会わせてもらおうか!」
「ぐ、まだ……」
「止めとき! アンタラの腕じゃそのアンちゃんには敵わへん」
 諦め切れず、青銅玄武術士ブロンズマギ達は再びユキトに立ち向かおうとしたが、刹那、一人の女性が青銅玄武術士ブロンズマギ達を制止したのだった。
「こ、これはハルコ様……」
「わざわざ師匠の方から出向いてくれたか」
「アンタ、なかなかやるなぁ。名は何て言うねん?」
「ユキトだ。巷ではトルネードと呼ばれている」
「ほう、アンタがあの有名なトルネードかいな。トルネードと言えば剣術に優れているちゅうのが世間での評判やが、術の方もなかなかいいセンいっとるで。ま、奥に入りや」
 ユキトはハルコに案内され、館の奥へと入っていたのだった。



「で、ウチに話ってなんや?」
 ユキトはハルコの部屋へ案内され、開口一番ハルコが訊ねて来た。
「ああ。実は……」
 ユキトは過日イゼルローンで起きた事件を、そしてイゼルローン要塞の存在、要塞の起動に玄武術士の力が必要なことを説明した。
「イゼルローン要塞……。噂では聞いたことあるが、ホンマに存在しとったとはなぁ。で、協力した場合ゼニは出るんかいな?」
「直接市長に聞いてみなければ分からないが、それなりの報酬は出るだろうな」
「ヨッシャ! その話に乗ったでぇ〜〜。早速協力するわ……と言いたいトコやけど、一つ条件があるわ」
「条件?」
「これはアンタの腕を見込んで頼みたいことなんやけど……」
 ハルコの提示した条件。それはハルコと対立しているボルカノをこの街から追い出して欲しいというものだった。
「ウチは何年も前からモウゼスで玄武術士を育てる道場を開いとってたんや。ウチの腕自体が世界一と言われとったこともあって、道場は人気がようあってウッハウッハに儲けとったんや。
 けどな、数年前に突然ボルカノちゅう得体の知れない男が朱鳥術士の道場を開いてな。この男がまたウチに負けんぐらい術の腕が良いって評判でな、たった数年でウチの道場に引けを取らない道場になったんや。
 それ以降ボルカノに人を取られるようになってな、お陰で商売あがったりや」
「ボルカノという男は俺も色々と気になっていた男だ。それくらいの条件なら飲んでもいいぜ」
「そうかい。ホンマ助かるわ。ほな、気を付けてな」
 ユキトはハルコに見送られながら館を後にし、ボルカノの元へと向かったのだった。
「あの男がボルカノを追い出して、そしてイゼルローンの起動に協力する……。これで今まで以上にガッポガッポ稼げるで!
 にしてもミスズの奴、買物に出てからなかなか戻らへんな。どこで油売ってるんやろ?」



「誰だ、貴様!」
 ボルカノの館に赴くと、ボルカノの弟子らしき男達がユキトを怒鳴り声で出迎えたのだった。
「俺はユキトだ」
「ユキト!? まさかトルネード……丁度いい、新しい火星の砂の実験を行いましょう!」
 ユキトの名を聞くや否や、ボルカノの弟子等は一斉に襲い掛かって来た!
「やれやれ。この街はよそ者には厳しいようだな……」
 ハルコの所と殆ど変わらぬ待遇に呆れつつも、ユキトは臨戦態勢を整えた。
「食らえ! 火星の砂!!」
「風よ、我の元に集い全てを吹き飛ばす竜巻となれ! トルネード!!」
 ユキトは巻き上がる爆炎を蒼龍術トルネードで吹き飛ばしたのだった。
「どうだ、これで少しは懲りたか?」
「ぐう……見事です。以前より術の腕を上げましたとは……」
「以前? 俺を知っているのか?」
「ええ。我々はエル=ファシルの民ですから……」
「やはりか……」
 ボルカノの弟子の言葉を聞いた時、ユキトは別段驚かなかった。氷湖の戦いにおいて、シェーンコップが火星の砂を用いた時から、エル=ファシルの者が何かしらの理由で、モウゼスにおいて火星の砂の開発に取り組んでいる予想はついていた。
 今ボルカノの弟子が自らエル=ファシルの民であることを名乗ったことにより、ユキトの推測は確証へと変わったのだった。
「しかし、何故モウゼスで火星の砂の開発に取り組んでいる? それにボルカノという男は一体何者なんだ?」
「はい。ボルカノ様はユキト様もよくご存知な……」
「いやぁ〜、お見事、お見事。暫く見ない内に腕を上げたねトルネード」
 その時、階段から一人の男が降りて来たのだった。
「なっ!? あ、アンタは!!」



「エル=ファシル王、ケイスケ……!?」
 階段から降りて来た男に、ユキトは目を疑った。その男が神王教団との戦いにおいて死亡したと言われているエル=ファシル王ケイスケその人だったからだ。
「まあ、詳しい話は上でしよう」
「あ、ああ……」
 状況が掴めないまま、ユキトはケイスケに従って館の2階に上がって行った。
「一体どういうことなんだ!? アンタは死んだんじゃなかったのか?」
 開口一番、ユキトはケイスケ自身の生存について訊ねたのだった。
「神王教団に囚われた際、エアスラッシュで縄を切り、フェザーシールを唱えて逃げたのさ」
「フェザーシールか、成程」
 朱鳥術フェザーシールは姿を隠す術。その術を唱えれば確かに逃亡することは容易だとユキトは思ったのだった。
「流石の教団も僕が世界有数の朱鳥術士だってことを知らなかったみたいで、割りと簡単に逃亡出来たよ」
「しかし、そうなると教団は取り逃した王を殺したと嘘をばら撒いていたことになるな」
「教団に取って僕は生かしてはおけない存在。僕に逃げられただなんて教団にとっては大きなマイナスだからね。だから僕が殺されたと世間に広めたんだろうよ。そのお陰で今までずっとボルカノという名を偽って姿を隠し続けられたけどね」
「成程。しかし火星の砂を開発していたのはまだ分かるが、それがなんでモウゼスなんだ?」
 ケイスケ王の真意は分からないが、仮に王国の復興を画策していたなら、教団と戦う為の兵器を開発していた所で不思議ではない。
 しかし、モウゼスでそれを行う意味合性がイマイチ掴めず、ユキトはケイスケに訊ねたのだった。
「一つは、このモウゼスが教団の本拠地である神王の塔から離れた街であること。そしてもう一つは、ここがイクコの生まれ故郷だからさ……」
「イクコ、今は亡きエル=ファシル女王か。このモウゼスがミスズの母の……」
 そういえば亡きエル=ファシル女王がモウゼス出身であることを聞いたことがあると、ユキトは思い出したのだった。
「身を隠すなら、少しでも自分が親しみを持てる街の方がいいと思ったからね。それにもう一つだけ理由がある」
「まだあるのか?」
「ああ。この街の中心部に大きな井戸があるのは知っているかい?」
「いや。その井戸に何があるんだ?」
「街の中心部にある井戸は死者の井戸と呼ばれ、聖王遺物である魔王の盾が安置されている」
「な、なんだって!?」
 聖王遺物魔王の盾。正確には魔王が使っていたといわれる盾であるが、聖王遺物の一つとして認知されている。
「しかし、そんな物騒なモノをどうして?」
「この地方では火星の砂の元となる砂は採取出来ない。だから普通の砂に魔力を込めるという方法でしか火星の砂は生成出来ない。それでも従来の火星の砂と遜色のない威力は発揮出来るけどね。
 けど、正直従来の火星の砂では教団相手に絶対的有利な立場に立てるとは言えない。より強力な火星の砂を生成する必要があるが、僕の魔力を持ってしてでも限界がある。
 そこで必要になってくるのが魔王の盾なんだ。魔王の盾は所持者の魔力を絶大に高めると伝えられている。その力で僕の魔力を高められれば、より強力な火星の砂の生成が可能になる。だからどうしても魔王の盾を手に入れたいんだ」
「そしてより強力な火星の砂を使い、教団を倒し、王国を復興させようって腹か?」
「その通りだよ、トルネード」
 ユキトの読み通り、やはりケイスケ王はエル=ファシルの復興を画策していた。しかしいかに強力な武器を製造したとしても、一度敗退を喫した教団に勝てるのだろうかと、ユキトは疑問が尽きなかった。
「しかし、魔王の盾を手に入れるには一つ問題がある」
「問題?」
「この街にいる玄武術士ハルコは知っているかい?」
「ああ。さっき会って来たばかりだ」
「なら話は早い。実はそのハルコが邪魔をして魔王の盾を取らせようとしないんだ」
 ケイスケの話に寄れば、ハルコ自身は魔王の盾にそれ程の執着は持っていないらしい。しかし、よそ者の商売敵であるボルカノに盾を取らせるのは癪だと、断固としてケイスケに魔王の盾を取らせまいとしているとのことだった。
「そこでだ、君にハルコを説得してもらいたいんだ」
「分かった。これも王国復興の為だ。喜んで協力するぜ」
 エル=ファシル王国は自分の生まれ故郷ではない。しかし、そこは間違いなくミスズの生まれ故郷なのだ。いつかミスズと再会した時、ミスズに故郷の土を踏ませたい。その思いからユキトはケイスケに協力するのだった。



(しかし、実際どうしたものか……?)
 いざハルコの元へ向かおうとするものの、ユキトの足取りは重かった。先程ユキトはハルコにボルカノを追い出して欲しいと頼まれた。そして今ケイスケにハルコを説得して欲しいと頼まれた。
 ボルカノの正体がケイスケだと分かった以上、ケイスケを追い出す訳にはいかない。かといってそれではハルコとの約束を反故したことになる。それではハルコの説得など到底望めないし、イゼルローンに関しての協力も得られない可能性が高い。
(本当にどうしよう……)
 ハルコとケイスケの約束、どちらが大切か? などと優劣をつけることは出来ない。どちらも断り切れない大切な約束なのだ。しかし双方の約束は矛盾の関係にあり、二人の約束を叶えるのはどう考えても不可能でしかなかった。
「きゃっ!」
 そんな時、ユキトは一人の少女にぶつかったのだった。
「す、すまん。考え事をしていて気が付かなかった……」
 今のは完全に前を見ないで歩いていた自分が悪いのだと、ユキトは少女に謝罪したのだった。
「が、がお。いたい……」
「がお……?」
 どこかで聞いたことがある懐かしい響き。この口癖はまさか……?
「え、えっと。わたしの方こそごめんなさい……」
「ミ……ミスズ……!?」
 少女は立ち上がりユキトと顔を合わせた。その顔を見てユキトは我を疑った。目の前にいた少女の顔は紛れもないミスズの顔だった。
「えっ!? ユ、ユキトさん……!?」
「そ、そんなバカなっ……!?」
「ユキトさぁぁぁん! 逢いたかった! 逢いたかったようっ……!」
 ユキトの顔を見たミスズは、有無を言わずにユキトに抱き付いたのだった。
「そんなまさか……。俺はまた幻覚を見ているのか!?」
 以前聖王廟にてミスズの幻覚に翻弄された記憶が甦り、ユキトは目の前の少女をミスズだと受け入れることに躊躇いを感じていた。
「がおっ……。せっかく逢えたのに、ずっと逢いたいと思っていたのに、どうしてそんなこと言うかなぁ……。ぐすっ……」
 ユキトがなかなか自分を受け入れてくれないので、とうとうミスズは泣き出してしまった。
「ミスズ……」
 泣きじゃくるミスズを見てユキトは思った。こんなに純粋で、こんなに泣き虫で、そしてこんなに自分との再会を喜ぶミスズが果たして幻覚なのだろうかと。
 いや、幻覚の筈がない! 目の前にいる少女は間違いなくミスズなのだ!!
「ミスズ、ごめんな、お前を幻覚なんかだと言って……。ミスズ、逢いたかったっ……」
 一体どれだけの時をミスズを捜し出すのに費やしただろう? そんな今までの徒労が、ミスズと本当の再会を果たせたことで一気に吹き飛んだのだった。
 ようやくミスズに逢えた! ユキトはミスズを強く抱き締めながら再会の涙を流すのだった。
「ユキトさん! ユキトさんっ……!」
 そしてミスズもまた、ユキトとの再会に心の奥底から涙を流すのだった……。



「ミスズ、今まで一体どうしていたんだ?」
 涙が枯れ果てる程泣いたユキトは、改めてミスズに訊ねるのだった。
「うん。エル=ファシルが滅びちゃった後、わたしはとにかく西へ、西へと逃げていたんだ。そして数年前、お母さんの故郷のモウゼスに辿り着いたんだ」
「その後は?」
「お母さんの妹さんに当たるハルコさんがわたしをかくまってくれていた。正体が分かると命が危ないからって、ハルコさんはわたしを自分の子としてかくまってくれたんだ。今はハルコさんがわたしのお母さんだよ」
「そうか、あの人が……」
 そういえば、ミスズの母は腕の立つ玄武術士だというのを聞いたことがある。ならばあのハルコがミスズの叔母だと聞いて納得がいく。
「しかし、それならケイスケ王は何故俺にハルコの説得を頼んだんだ? 王女の妹なら自分から説得に行けばいいのに」
「えっ!? お父さん!?」
「どうしたミスズ。お前は自分の父親がこの街にいるって知らなかったのか?」
「う、うん。ユキトさん、本当にモウゼスにお父さんがいるの?」
「ああ。ボルカノっていう男の正体がケイスケ王だ」
「ボルカノ……。お母さんの商売を邪魔しているっていうボルカノさんがお父さん……」
 ユキトの言葉に、ミスズは困惑気味だった。これだけ近くに住んでいたのに、ボルカノの正体を知らなかったというのは奇妙だとユキトは思った。
 しかし、もしかしたならケイスケは、ハルコにすら自分の正体を明かしていなかったのではないだろうか。逃亡中の身なら、例え身内に近い者にでも己の正体を隠し続けるのは不思議ではないとユキトは思ったのだった。
「しかし、ミスズが知らないとなると、ハルコも知らなかったみたいだな」
「うん」
「なら、ハルコにボルカノの正体を打ち明ければ話は全て上手くいくな」
「話?」
 ユキトはミスズに対してハルコとケイスケと交わした約束の話をした。ボルカノの正体がケイスケだと知れば、流石のハルコもケイスケを街から追い出そうとはしないだろうと。
「う〜ん。そう上手くはいかないと思うよ……」
「どうしてだ?」
 ミスズの話に寄れば、ハルコとケイスケは昔から犬猿の仲だったという。ハルコは自分の姉がケイスケの元に嫁ぐことを最後まで大反対し、結婚後も二人の関係を許すことはなかったという。
「そうか。あの2人はそんなに仲が悪かったのか……」
「うん。お父さんは自分が正体を明かしてもお母さんを説得出来ないと思ったから、ユキトさんに説得を頼んだんだと思うよ」
「そうか。しかしこれでまた暗礁に乗り上げてしまったな……」
 ハルコにボルカノの正体を語った所で、状況はまったく進展しないことをユキトは悟ったのだった。
「う〜ん。ハルコお母さんはわたしのお母さんをお父さんが奪ったと思っているようなものだから、何を言っても却下するだけだと思うよ……」
「奪った……? そうだ、その手があったか!」
「どうしたの、ユキトさん?」
「ハルコが説得に応じる見込みがないのなら、無理矢理魔王の盾を奪えばいいんだ!」
 ミスズの一言により、ユキトは思い付いたのだった。話し合いで解決する見込みがないのなら、無理矢理盾を手に入れればいいんだと。
「サンキューな、ミスズ。お前のお陰で何とか解決しそうだ」
「にはは。ユキトさんのお役に立ててわたしも嬉しい。でも、今死者の井戸はお母さんのお弟子さんとお父さんのお弟子さんがお互いを監視している状態だから、簡単には井戸の中に入れないと思うよ」
「そこは上手く誤魔化せばいい。俺はケイスケ王の部下を誤魔化す。お前はハルコの弟子を誤魔化してくれ」
「うん。わたし頑張る。その代わり一つお願いしていいかな?」
「お願い?」
「わたしも一緒に連れてって」
「ダメだ」
 ユキトはミスズの願いを即座に却下したのだった。
「がお……。どうして……?」
「そんな危険な所にミスズを連れて行くわけにはいかない」
「そんなこと言わないでよぉ……。わたしはユキトさんの側にずっといたいだけ。だからどんなに危険な場所でもユキトさんと一緒に行きたいんだよ……」
「ミスズ……分かった、一緒に行こう! 但し、足手まといにはなるなよ」
「うん。お母さんから玄武術を習ったから、ユキトさんのフォローはバッチリ出来ると思うよ。ぶいっ!」
 正直ミスズを連れて行くのは不安だが、笑顔一杯のミスズのVサインに、そんな不安は一蹴された。ミスズと一緒にいたい。それは自分も同じだ。ならミスズが危険な目に遭いそうになったら、自分がミスズを守り抜けば良いだけだと。
 こうしてユキトとミスズは再会を果たし、そして共に死者の井戸へと挑むのであった。


…To Be Continued


※後書き

 28話めにしてようやく往人と観鈴の再会です。当初は晴子さんは赤の他人で長旅の末記憶喪失となった観鈴を自分の子として育てたというネタを考えていましたが、ややこしくなりそうなので止めました。観鈴と晴子さんの関係を原作通りにして、観鈴の本当の母親がモウゼス出身だとすれば、橘さんがモウゼスに隠れている説得力も増すと思いましたので。
 ちなみにボルカノ=橘さんというのは、連載開始当初から考えていたネタでした。ウンディーネとボルカノは対立している関係で、橘さんと晴子さんも観鈴を巡り対立している節がありましたので。
 さて、次回は死者の井戸中心に話が進んで行く予定です。その後は佐祐理さん、舞の話、祐一一行の話と続いていく予定です。

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